サイバー野郎
自分がそんな感じだったのですが、サイバー機器を持っている事を自慢していたいと言う気持ちは解るが、今朝とある場所でそんな人を見て滑稽に思えてしまった。
ノートパソコンを広げながら、AirH で回線を繋いで、バッテリーの持ちが悪いのか外付けの電源ユニットを繋いで、右サイドに気になるのかワンセグTVを繋げながら、ヘッドフォンで音声を聞いて居る。それも、(多分)Bluetoothで繋いでいる。ワンセグは見やすいようになのか、三脚のような者で固定している。
それで一生懸命キーボードを忙しそうに操作している。実際に何をしているのか迄はのぞき込んでいないのですが、かなり滑稽に見えてしまった。
自分自身数年前にはそれが格好いいと思えてしまっていた事実があるが、サイバーを身につければ身につけるほど、サイバーな所から遠く離れていく事を思い知ったので、現状は必要最低限の機器を持ち歩くようにしている。
時には、携帯さえもいらないと思えてしまう。
生活が、電脳世界に入っていけば行くほど、人間は電脳正解とは違う所で生活を始めてしまうのだと言う事を知っているので、世界でも同じ所に行くのではないだろうかと思ってしまっている。
結局、持ち歩く事への意味と意義が失われてしまっているように思える。
ノートパソコンが出始めた頃には、仕事を外へと言う話をしていたが、そんな事が無かったかのように、仕事を外に持ち出す危険性を考えていかなければならなくなっている。
同じように、携帯に機能を実装するというと開発者サイドのエゴを受け止めていた利用者が、ここに来て求める者が変わってきているのだと思う。私の周りの狭い範囲なのかも知れないが、携帯電話を良くできたトランシーバーだと言う人が増えている。トランシーバーを知らない人も多くいると思うが、同じ周波数帯を使っている通信機器なら電波の届く範囲で会話が出来る物だと思ってくれればいい。携帯電話もそんな感じで進化をしていくのではないのかとさえ思えてしまう。
サイバー生活をしている人達がなぜ忙しそうに見えるのかは、簡単な事で、自分が理解出来ない事をしているからでしか無くて、携帯電話で電話をかけているビジネスマンが寝間着で携帯電話をしている所を見れば忙しいと思わないのと同じレベルのものでしかないと思う。
忙しく見えるのは悪い事ではないし、むしろいい事だと思うが、優雅に仕事をこなす人と忙しそうにして仕事をこなす人では、忙しそうに仕事をこなす人の方が評価が高い事が多うとしてある。私自身どちらでもないと思っているが、人は、私の日記やメールで忙しそうですよね。っと言い。実際に逢って話をすると、よかったそんなに忙しそうじゃないのですよね。っと言う。そのギャップがどこから発生しているのか解らないが、私は私で同じ軸で動いているのだから、見ている人の軸が変わっているのだろうと理解している。
サイバー野郎の時にも、今の風貌の時でも死後tの分量が変わっている訳でも無いのに、作務衣で街中を歩いて偶然逢った人や会社に来られた人が言うのは、余裕がまだ有るのですよね?になっている。昔は、何時逢っても忙しそうですよねだったのにね。
さて話を戻して...
実際に、外に持ち出す電脳機器で必要とされている物は実際には何なんだろうと思ってしまう。
確かに、ノートパソコンは必要だけど、無くてもなんとかなってしまう場面が多い。出先で急にメールを確認したりするにしても、そこまで緊急な時には、客のパソコンを一時借りて確認する事も出来るし、そうならない為の準備をしてけば良いだけです。電脳機器で武装するのは、準備が出来なかったときの言い訳のような気がしてならないのです。会社でしっかり仕事をして準備をして客に動くモジュールを持って行って、そのモジュールの準備をしっかりしていけば、極端な話ノートとペンだけで十分足りるのです。客先でモジュールが動かなかった時の緊急の為にって言われる人が多いが、開発をしている時に現場で急に動かないってなったときに、その場で直せる事は稀で、そうならない為にも準備が必要になってくる。持っていくとしても、開発環境を全部綺麗に持っていく事は出来ないのなら、原因追及に必要な機材を揃えていくしかないのです。でも、その為の条件が解らなければ、結局何も出来ないで終わってしまう事になる。
それならいっそのこと手ぶらで行った方がましだと思えてしまっている。
ポーズの為にノートパソコンや面白い機器を持っていく事は有るが、会議の為に持っていく物は結局ノートとペンで十分なのだと思ってしまう。
ノートパソコンを広げながら、AirH で回線を繋いで、バッテリーの持ちが悪いのか外付けの電源ユニットを繋いで、右サイドに気になるのかワンセグTVを繋げながら、ヘッドフォンで音声を聞いて居る。それも、(多分)Bluetoothで繋いでいる。ワンセグは見やすいようになのか、三脚のような者で固定している。
それで一生懸命キーボードを忙しそうに操作している。実際に何をしているのか迄はのぞき込んでいないのですが、かなり滑稽に見えてしまった。
自分自身数年前にはそれが格好いいと思えてしまっていた事実があるが、サイバーを身につければ身につけるほど、サイバーな所から遠く離れていく事を思い知ったので、現状は必要最低限の機器を持ち歩くようにしている。
時には、携帯さえもいらないと思えてしまう。
生活が、電脳世界に入っていけば行くほど、人間は電脳正解とは違う所で生活を始めてしまうのだと言う事を知っているので、世界でも同じ所に行くのではないだろうかと思ってしまっている。
結局、持ち歩く事への意味と意義が失われてしまっているように思える。
ノートパソコンが出始めた頃には、仕事を外へと言う話をしていたが、そんな事が無かったかのように、仕事を外に持ち出す危険性を考えていかなければならなくなっている。
同じように、携帯に機能を実装するというと開発者サイドのエゴを受け止めていた利用者が、ここに来て求める者が変わってきているのだと思う。私の周りの狭い範囲なのかも知れないが、携帯電話を良くできたトランシーバーだと言う人が増えている。トランシーバーを知らない人も多くいると思うが、同じ周波数帯を使っている通信機器なら電波の届く範囲で会話が出来る物だと思ってくれればいい。携帯電話もそんな感じで進化をしていくのではないのかとさえ思えてしまう。
サイバー生活をしている人達がなぜ忙しそうに見えるのかは、簡単な事で、自分が理解出来ない事をしているからでしか無くて、携帯電話で電話をかけているビジネスマンが寝間着で携帯電話をしている所を見れば忙しいと思わないのと同じレベルのものでしかないと思う。
忙しく見えるのは悪い事ではないし、むしろいい事だと思うが、優雅に仕事をこなす人と忙しそうにして仕事をこなす人では、忙しそうに仕事をこなす人の方が評価が高い事が多うとしてある。私自身どちらでもないと思っているが、人は、私の日記やメールで忙しそうですよね。っと言い。実際に逢って話をすると、よかったそんなに忙しそうじゃないのですよね。っと言う。そのギャップがどこから発生しているのか解らないが、私は私で同じ軸で動いているのだから、見ている人の軸が変わっているのだろうと理解している。
サイバー野郎の時にも、今の風貌の時でも死後tの分量が変わっている訳でも無いのに、作務衣で街中を歩いて偶然逢った人や会社に来られた人が言うのは、余裕がまだ有るのですよね?になっている。昔は、何時逢っても忙しそうですよねだったのにね。
さて話を戻して...
実際に、外に持ち出す電脳機器で必要とされている物は実際には何なんだろうと思ってしまう。
確かに、ノートパソコンは必要だけど、無くてもなんとかなってしまう場面が多い。出先で急にメールを確認したりするにしても、そこまで緊急な時には、客のパソコンを一時借りて確認する事も出来るし、そうならない為の準備をしてけば良いだけです。電脳機器で武装するのは、準備が出来なかったときの言い訳のような気がしてならないのです。会社でしっかり仕事をして準備をして客に動くモジュールを持って行って、そのモジュールの準備をしっかりしていけば、極端な話ノートとペンだけで十分足りるのです。客先でモジュールが動かなかった時の緊急の為にって言われる人が多いが、開発をしている時に現場で急に動かないってなったときに、その場で直せる事は稀で、そうならない為にも準備が必要になってくる。持っていくとしても、開発環境を全部綺麗に持っていく事は出来ないのなら、原因追及に必要な機材を揃えていくしかないのです。でも、その為の条件が解らなければ、結局何も出来ないで終わってしまう事になる。
それならいっそのこと手ぶらで行った方がましだと思えてしまっている。
ポーズの為にノートパソコンや面白い機器を持っていく事は有るが、会議の為に持っていく物は結局ノートとペンで十分なのだと思ってしまう。
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